桜井真樹子の
作品紹介
performance
岸辺の大臣
2015年2月22日(日)東京都新宿区「喫茶茶会記」にて上演
(映像は、2015年2月12日(木)楽劇学会での公演、銕仙会 本舞台において)

原作・脚本・演出:桜井真樹子
-出演者-
岸辺の大臣(前シテ)、琉球の王(後シテ):桜井真樹子
船頭(前ワキ)、日本の王(後ワキ):樽川重昭
文字の媼、荒ぶる魂、バラック小屋の少女の友だち、琉球の巫女:プリンのため息(ミツリンゴ、ヒメリンゴ、マロン)
バラック小屋の少女:おおかわひろこ
稗田阿礼、口琴:尾引浩二
義太夫浄瑠璃:田中悠美子
地謡・笛:櫻井貴
謡:高崎基雄
小鼓:今井尋也
三線:持田明美

ちらし 表(pdfファイル2MB)裏(pdfファイル1MB)
※PDFファイルを閲覧するソフトがない場合は、下の「Get ADOBE READER」をクリックして
 Adobe Readerを入手してください。 ADOBE READERのダウンロード

第二幕から 岸辺の大臣の船頭の問答
船頭:
今こそ、それを語るとき。大臣の重荷は、増しに増し、岸辺に立ちし、その沓は、ぬかるみに埋もれ、二度と歩むもままならず、さらには、沼より吸い込まれ、その身は沼に沈むらん。これぞ地獄。
大臣:
これぞ地獄。この民は、智慧も知識も持たぬ奴となりて、ただ王にかしずけば、働き手、戦い手として、その役割を果たさん。富と富を結ばんとすれど、その富は、他国に奪われり。
地謡:
人は飢え、病に倒れ、戦いに死に、人災に喘ぎたるも、助けなし。富の約束破られて、この国は滅びたり。
大臣:
そもそも、この密約、交戦権を得、国と戦い、独立を目指したり。
船頭:
それはただ、大国の謀(はかりこと)。
大臣:
海原の たゆとう魚(いお)と 鳥(とり)の間(ま)に間(ま)に 船は浮かぶか または否(いな) 
第四幕から 琉球の王が琉球の歴史を語る
誠 我んねー(誠に私は)、
沖縄、やまとぅ(沖縄と大和が)
互に肝心あわち(互いに心を合わせ) 
昔ぬ思い思ー出(うびーんぢゃ-ち)(昔の思いを思い出し)
打ち揃てぃ願ゆ。(打ち揃って願います。)

誠(まくとぅ)平和(誠の平和)                   
だによちちとめり(しっかりと聞き留めて)
なまど打ち出ちゃる(今こそ打ち出される) 
優(すぐら)ったる掟(優れた掟)
うりが祈(いぬ)り。 (それが祈りです。)
第四幕より 琉球の王が日本国憲法9条を祈る
やまとゆけんぽうや(日本国憲法は)           
まことゆゆぬなか(誠実な世の中を)
おもんじてばんこく(重んじて世界の)             
ほうじょうねがて(豊穣を願います。
【作品について】
この作品は、2014年12月10日に「特定秘密保護法」という法案が施行しされたことにイメージを受けて作られました。

様々な懸案があるものの、その中で、「秘密の期限」について、その期限は60年あり、さらに特定の七項目(注1) に関しては、さらに60年、延長して期限を設けることができるといいます。そして、120年後に、必要であれば、さらに60年と追加延長ができます。最後には延長解除ののちに、破棄も可能とされています。

120年後、180年後、240年後、そして最後には、公文書(古文書?)としても残らないかもしれせん。私たち国民には、政府、政治家のやったことは、永久に知らされません。人間の一生を通じて、日本の国家社会に翻弄されながら、私たち国民は、何も知らずに死んでゆきます。富を得た政治家たちにとっては、ご都合のよい「時間の感覚」でしょう。

しかし、能は「幽玄の世界」、つまり「死後の世界」、「終わりのない、計り知れない世界」を常に描くものです。たとえ、ある政治家が、または、ある国民が、亡くなって何百年経とうと、「幽玄の世界」に、決して終わりはありません。

滅びたもの、負けを背負ったものたちは、この「幽玄の世界」で再び甦る、それが能です。
(注1)(1) 武器、弾薬、航空機など、(2) 外国政府や国際機関との交渉、(3) 情報収集活動の手法や能力、(4) 人的情報源に関する情報、(5) 暗号、(6) 外国政府や国際機関から60年超の指定を条件に提供された情報、(7) 前各号に準じるもので、政令で定める重要な情報。
【あらすじ】
第一幕
密約の「文字」の媼は、百八十年ぶりに光を浴びて、目覚めると、とんでもないおばあさんたちになっていて、大騒ぎをします。そして、シュレッダーにかけられて粉砕刑に処される寸前に、紙から抜け出し、権力渦巻く館を飛び出します。
第二幕 
「密約の荷」を降ろすことなく、黄泉の岸辺に立っている大臣がいます。船頭は、「密約を語り、荷を降ろさない限り、浄土へ行く舟には乗れませんよ」と百六十年、説き続けています。
第三幕 
ゴミの山から売れるものを探す仕事をしている少女がいます。彼女の曾々祖母は、密約の文書を地下にしまった外交官。いつも密約の歌を歌いながら仕事をしています。
第四幕
日本の王も浄土にたどり着くことなく、黄泉の海をさまよっています。すると龍宮にいる琉球の王に出会います。琉球の王は、忘れ去られた「戦争をしない誓い」の祈りを今でも捧げています。
【幕構成について】
第一幕
180年眠り続けていた秘密法案の文字が嫗(老女)となって目覚めます。音楽は、浄瑠璃(江戸時代初期の語りの芸能)です。
第二幕
160年、黄泉の岸辺にたたずむ大臣と船頭の問答が、船頭役の能(室町の演劇)と岸辺の大臣役の声明(平安時代の声楽)によって行われます。
第三幕
稗田阿礼の子孫であるバラック小屋の少女が、秘密条約を、アイヌの子守唄(イフンケ)、語り(ハシナウコロカムイ)、舞の歌(サロウンチカプリムセ)で歌います。
第四幕
琉球の王が、沖縄戦を「王府のおもろ」(琉球王家で、儀式の時に首里城で歌われたもの)で語り、日本人に忘れ去られた誓いとして「憲法九条の祈り」を組踊の歌の形式、ウチナーグチ(沖縄言葉)で歌います。
☆第四幕 「日本の王と琉球の王」について☆
日本の王が黄泉の海原をさまよっていると、龍宮で日々祈りを捧げている琉球の王に出会います。
日本の王は、「自分の命を守るため、そして大和の民を救うため、琉球の国を米国に売り渡しました」と言います。これは、雑誌「世界」四月号(1979年 岩波書店)進藤栄一氏の「分割された領土」に述べられている「昭和天皇がマッカーサーに対して沖縄の米軍基地の長期租借を希望した」という内容に基づくものです。その論文は当時、全く注目されませんでしたが、2012年に出された孫崎享氏の「戦後史の正体」(創元社)で再び取り上げられ、それを詳細に検証した矢部宏氏の「日本はなぜ、『基地』と『原発』をやめられないのか」(集英社インターナショナル)が2014年に出版されました。
昭和天皇作の和歌は一万作以上にのぼりますが、その中で彼は、日本人のことを「日本の民」とうたい、ウチナンチュ(沖縄人)のことを「沖縄の人」とうたっています。彼の日本人観、沖縄人観が、和歌にも表れています。
現代の日本(本土)と沖縄が、いかに違った運命を背負ったかということを、琉球の王と日本の王の登場によって、描いていようと思いました。
文 桜井真樹子